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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)3425号 判決

原告 松井正一

右訴訟代理人弁護士 岡本一太郎

被告 木村喜一

右訴訟代理人弁護士 色川幸太郎

同 林藤之輔

同 中山晴久

右訴訟復代理人弁護士 石井通洋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が訴外松井弥太郎を相続したこと、被告は訴外初山和吉から本件建物を買受けたこと、被告が本件宅地を占有していること、訴外松井弥太郎(相続により賃貸人は原告となる)が訴外初山和吉に本件宅地を賃貸したこと、被告は訴外初山和吉から本件宅地の賃借権を譲受したこと、原告が二回被告宅を訪れて、公正証書による契約書の作成を要求したこと、原告、被告間に公正証書を作成するに至らなかつたこと、原告、訴外初山和吉間に書面による承諾を要する旨の特約があつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、原告の本件宅地の所有権について判断する。

成立に争いのない甲第一ないし四号証によれば、本件宅地は原告の父である訴外松井弥太郎の所有であつたのを、昭和一一年一二月一六日、原告が家督相続によつて取得し、これが所有者となり現在に至つていることが認められ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

次に賃借権譲渡の承諾について判断する。

被告は賃借権譲渡について原告の明示の承諾があつたと主張するが、右事実は本件全証拠によるも認めることができない。しかし証人初山和吉の証言、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告が訴外初山和吉から賃借権を譲渡したとの通知を受けた時、訴外初山和吉に、被告が賃借権譲渡の承諾を求めたら新たな契約書を作成して被告に賃貸するといつた事実が認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。右認定事実と当事者間に争いのない前記原告が被告宅(当時被告は本件建物に居住)を訪れて公正証書による契約書の作成を要求した事実とを総合して考察すると、原告は被告に対し賃借権の譲渡について黙示の承諾を与えていたことを推認することができる。

原告は土地を貸す場合は証書を作成する家則があるから書面によらない承諾は無効であるし、又原告、訴外初山和吉間の本件宅地の賃貸借契約には書面による承諾がなければ賃借権の譲渡又は転貸をすることができない旨の特約があつたから書面によらない承諾は原告に対抗できないと主張するのでこの点につき考えるに証人松井芳枝の証言、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告が主張する様に、原告家には土地を貸す場合には公正証書を作成する慣行があつたことが認められ右認定を覆すにたりる証拠はないが、右慣行をもつて他人を律することはできないと解する。又原告が主張する様に、原告、訴外初山和吉間に書面による承諾を要する旨の特約があつたことは前記のとおり当事者間に争いのない事実であり且つ甲第五号証(成立に争いがない)により公正証書の作成された事実を認められるがこれは初山、原告間の特約があつて被告にその効力がない。而して訴外初山和吉と被告間の本件土地の賃借権譲渡につき、原告がこれを承諾していることは前掲の通りであるから、特に原、被告間に公正証書作成の必要なく、仮にその必要ありとするも契約確認の証明方法であつて、債権譲渡の効果に消長なく、当事者間の特約によつて右確認方法を決定するに過ぎない。且つ本件につき原、被告間に右特約の事実を認めるに足る証明なく仮にありたりとするも、被告に公正証書作成に協力する義務あるのみで、債権譲渡又は賃貸借契約については財産法上の法律行為はすべて法律に別段の規定がない限り、不要式であるとの原則に抵触し、これを納得すべき事由はないから、(公正証書の作成が特に効力発生の要件とした特約内容の事実は本件において認められない)右特約をもつて書面によらない承諾では原告に対抗できないとすべきものではないと解する。

以上の認定事実によれば、造作買取請求についての判断をまつまでもなく、被告は本件建物を収去して本件宅地を明渡すべき義務を負うものでない、尚右認定事実よりして不法占有を理由とする原告の損害賠償、並にその余の請求はその理由のないことは明らかである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今村冨一)

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